SHMよもやま話 第1回: インフラ老朽化に伴うSHMへの期待と社会実装へのハードル
日本を含む多くの国で、「インフラ老朽化」「インフラ長寿命化」「ストック型社会」といった言葉が日常的に使われるようになっている。
橋梁、トンネル、ダムなどの社会インフラは、高度経済成長期に大量に整備され、その多くが今まさに更新期・老朽化フェーズに入っている。
そうした中で注目されているキーワードの一つが、
・構造ヘルスモニタリング(SHM:Structural Health Monitoring)
・インフラDX/スマートメンテナンス
・IoTセンサーによるインフラ維持管理
・デジタルツイン
といった領域である。
加速度センサやひずみゲージ、光ファイバセンサ、監視カメラ、さらにはAIを活用した画像認識など、さまざまな技術を組み合わせて、橋梁をはじめとしたインフラ構造物の状態を「常時モニタリング」する試みが世界各地で進められている。
一方で、インフラ構造物の倒壊や崩落といった事故の件数は、その「母数」に対して極めて少ない。
既に供用されている橋梁の本数は、国内だけでも数十万橋におよぶとされるのに対し、ニュースになるような「落橋事故」「崩壊事故」の件数は、全体から見ればごくわずかである。
確かに、落橋などのインフラ事故は多くの人命を危険にさらす重大インシデントであり、その未然防止が求められることは言うまでもない。
しかし統計的には非常にまれなイベントであるため、
・「安価ではない高度なセンサを付けて、24時間監視する必要が本当にあるのか」
・「現行の5年に一回の定期点検(近接目視点検)だけで十分ではないのか」
・「落橋事故は防ぐべきだが、限られた予算を考えると、どこまでモニタリングに投資すべきなのか」
といった疑問は、構造物の所有者・管理者・技術者のあいだで常に存在している。
また、構造ヘルスモニタリング(SHM)と聞くと、
・「老朽化インフラの余寿命が予測できる」
・「センサを付ければ落橋が事前に予知できる」
・「AIが異常を検知してくれる」
といったイメージが先行しがちである。
しかし、現状のSHM技術はそこまで万能ではない。
SHMが現実的に果たしうる役割は、
・「どの程度まで劣化・損傷が進んでいるか」
・「設計で想定した挙動から、どのくらい外れ始めているか」
・「想定していない外力や供用荷重が作用していないか」
といった情報を、定量的かつ継続的に把握することにある。
つまりSHMは、
・「老朽化インフラを延命化を実現する“魔法のシステム”」ではなく、
・「劣化や損傷度合を定量化し、異常な変化を検知するためのツール」
であり、その情報をもとに、
・「補修のタイミング」
・「通行制限や供用停止の判断」
・「橋を長く安全に使うために、どの橋にどのような補修・更新工事(長寿命化対策)を行うかという判断」
などを合理的に根拠づけるための、いわば意思決定支援の道具として位置づけておくべきである。